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2008.03.27  春の夜、桜の下、ソニア・ショーケット再来日速報 <<00:44


着流しで夜桜見物を最後にしたのはいつだっけ?
としばし考え込む。
(実のところ着流し姿で夜桜見物したことはないので
 思い出せなくても不思議はない)
衣装はともかく、
ずいぶん長いこと
夜桜見物をしていないなあ。
満開の桜の下で花見をするのが恒例だったのは
いつのことだっけ?

奥歯を2度も割るし
悪夢を見るしで、とうとう
ソニア(ソニア・ショーケット)に電話をして
話を聞いてもらった。
びっくりするほど気が楽になった。
ありがとう、ソニア。
なんで、いつもそんなに明確で具体的なの?
「これはどうなんでしょう」と聞くと
「それはこうよ!」
とだれのことであっても、
どんな問題であっても
きっぱりとずばっと断言してくれて
「だから大丈夫!」と太鼓判を押してくれる。
(「だからダメッ!」ときっぱり言われるときも
 もちろんある」)
ソニアを知っていて良かった!!

私の問題点は、
「なんでも最悪のことを想定しては
 やきもき心配して、
 自分の人生をどうにかしようと必死にあがくこと」
だと言われた。
本日もらった名言。
「私の人生には、幾多の恐ろしい出来事があった。
 そのうちのいくつかは、実際に怒った出来事だった」( by マーク・トウェイン)
つまり、実際に起こる出来事よりも
頭の中で作り出す悲劇の方が多いってこと。
たしかに、そうだよね。
これから3ヶ月
なにも心配しないで生活しなさい、と言われて
「わかりました」と素直に言いました。

ソニア・ショーケット、また10月に来日決定だそう。
ソニアファンのみなさま、またまた会えますよ!

桜の頃は、
人の心が乱れる時。
だから、
満開の桜の下に立つときは
気をつけましょう。
妄想に耽りやすいシチュエーションだものね。



No.266 / 日記 / Comment*1 / TB*0 // PageTop▲

2008.03.25  奥歯を噛み割るほどのストレス・・・ <<12:11


奥歯(作り物ですが)をこの一ヶ月で2度ほど噛み割ってしまう。
歯医者さんに
「ストレスがあるのではありませんか?
 寐ているときに食いしばっていると、100キロくらいの力がかかることが
 あるんです」
と言われて、
そういえば、最近あごが疲れているなあ、と思う。
ストレスなのね。
歯医者さんよりも心療内科の方が必要かしら?

息子のことも(一浪決定)
4月から95%イギリス人生徒の学校へ転校する娘のことも
自分の仕事のことも(難しくてはかどらない)
いろいろなことが心配で悪夢ばかり見てしまう。
なかなかよく出来た悪夢もあり
起きてから「さすが、私」と褒め称えたりするものの
いろいろなことがはかどらないなあ。

でも、まあ、調子が悪くなったのが
日本で良かった。
ロンドンより全然ましだもの。
と思ったところで仕事に戻ろう。


No.265 / 日記 / Comment*2 / TB*0 // PageTop▲

2008.03.21  浅田真央、エライ! アスリートデー <<21:47


浅田真央の精神力、すごかった。
感動で涙、涙。
(精神力が弱いため、
 強靱な精神を目の当たりにすると感動して涙がでてくるのだ)

ノーミスながら4位に終わった中野もすごかった。
できれば
「先生もほめてくださったし、精一杯やったし、これで満足です」
などという謙虚なコメントではなく、
「てっきり自分が金メダルかと思いました。採点ミスですかねえ。おっかしいなあ」
と頭をぽりぽり掻きながら言って欲しかったなあ。

とにかく。
おめでとー!

今日はアスリートデー。

タンザニア探検中のダーリンからも
日本時間午後2時ころ
「キリマンジャロ ウフルピーク5895メートル無事登頂成功」
の連絡あり。
疲れてはいるようだったが、楽しげで満足そうだった。
(ちなみに連絡手段は、ガイドさんが持っているサテライト電話だそうで
 みなさんも登頂成功の際には
 山頂からおうちに電話がかけられるそうですよ)
彼は先週の金曜日の深夜までロンドンで仕事、
来週の月曜日も朝8時からロンドンで仕事。
その合間のキリマンジャロ。
多忙を極める彼の体調が心配だったので、
彼が登山をしている間
ナイロビにある日本人倶楽部というレストラン(友達のうつきちゃんのお店だ)で
ウエイトレスをしながら待っているというオプションもあったのだが、
仕事の都合で帰国。
しかし。
浴衣とか着てコスプレして
ケニア人のお客様に
「みそラーメンと餃子」とか
「きつねうどん」なんかを
出してみたかったなあ。

ま。それはとにかく。
おめでとー!!
無事に帰ってきてねー!!





No.264 / 日記 / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2008.03.21  幸福の記憶 <<00:49


一番幸せだった時って、いつだと思う、 と
久しぶりにベトナムから帰国した妹とたわいないおしゃべりをした。
電話を切ったあとで、
「本当に一番幸せな記憶として残っているのはなんだろう?」
と改めて考える。
そのたびに思い出すのは
大学2年生のある日のこと。
私は貧乏なバックパーカーで
アメリカをひとりで6ヶ月旅していた。
(古いお客様にとっては、聞いたことのある話かもしれないので飛ばしてね)

アメリカに留学させてくれ、と中学2年生のときから親にせがんでいたが
「アメリカなんかに行ったら、薬物中毒になる」
と固く信じている両親のおかげで
なかなか行かせてもらえなかった。
「じゃあいいわよ、自分で行くから」
と、高校の時から必死にアルバイトをして
初めてアメリカに行ったのは大学2年のとき。
アルバイトだけでは到底足りなくて(その前に、英語学校にも資金を投入していた)
銀行からお金を借りていったものの
4ヶ月くらいで所持金が底をつき
もっているモノを売ったり、
人の家でおにぎりを作って(お米も炊飯器もすべてお友達のものだったけど・・)
それを売ったり、
あるときは農家の納屋で寝泊まりしたりして
「まだまだ帰りたくないなあ」
と頑張っていた。
5ヶ月目に
シカゴの郊外から長距離バスでサンフランシスコへ行き
食べるお金もほとんどなくて
毎日浜辺でぼんやりと過ごす日が続いていた。
日本へ帰ったら、もう2度と外国へなんか来られないかもしれないと
思っていたから。

そんなある日、
カリフォルニア大学の学生が
路傍で売っているアクセサリーを見ているうちに
「なんてきれい!」
と思う指輪と出会った。
毎日、そこに通って、ちょこっとつけさせてもらったり
ほかの作品を見せてもらったり。
そのうちに、根負けした学生が
「いくらならあるの?」
と聞いてきて
「・・・5ドル」
と答えた。
「じゃあ5ドルで売るよ。
 本当に欲しいモノを手に入れることが
 どれほど大切か僕はしっているから」
指輪は450ドルで
サイズも私の指よりもずっと大きかった。
「僕のうちに来て。
 サイズ直してあげるから」
学生は体の大きな黒人で、
私はちょっと怖かったけれど、
ついていった。
「さあ、指を見せて」
と言われて、
だれもいない彼のアパートメントで
彼がぐっと近づいてきて
指のサイズをはかられたときのどきどきは今でも覚えている。
しかし、彼はさっさと工具がつまっている部屋へ行き
指輪のサイズを直してくれると
「さあ、出て行ってくれ。
 今度、僕の客になるときは、リッチになって帰ってきてくれよ」
と行って、私を厄介者みたいにぐっと押し出した。
ジーンズとダウンジャケット、それにバックパックという姿に
ゴージャスな銀の薔薇の細工に
大きな緑の石がはまった指輪は
全然似合わなくて、
私は5ドルはらった直後にちょっと後悔したのだった。
一文ナシの5ドルは大きかったし。

身にそぐわない指輪をつけたまま、
浜辺に帰ると
もう夕暮れだった。
「本当に欲しいモノを手に入れることが
 どれほど大切か僕は知っているから」
という言葉が胸に何度もこだましていた。
夕暮れのフィッシャーマンズワーフに
その老夫婦が来たのは
そんなセンチメンタルなときだった。
少し離れたところに座ったふたりは
もってきたバスケットから
ふたつのワイングラスと
赤ワインのボトルを出して
グラスに丁寧に注いでから
夕日を眺めながら
ゆったりとおしゃべりをしていた。
私は、その幸福な情景に
はらはらと涙が出てきて、
彼らのうしろであふれ出る涙を手で拭っていた。

これが私の一番幸福な記憶だ。
おかしいだろうか?
おかしいだろうなあ。
なぜ、その日なの?と聞かれても
私には答えられない。
結婚式の思い出でもないし
恋愛が最高に盛り上がっているときの記憶でもない。
子供を産んだ日のことでもないし
子育ての最中の記憶でもない。
なんで、この日なの?とあなたは私に聞くだろうか。

この記憶は私の宝物だ。
貧乏で孤独で自由で不自由でリッチだったあの日を
私は生涯忘れないだろう。
いつか、
お金を稼ぐでもなく
なにかをするためでもなく
また、ひたすらあてもない旅に出たいと思う。
いつか。


































No.262 / 日記 / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2008.03.12  ブリザー♪ブリザード♪ <<00:44


ブリザード♪ブリザード♪
なぜユーミンはあれほど楽しげに歌うことができたのか?
スイスのブリザードは痛いほど寒くて辛い。
私はスイスの小さな村に娘とふたりで来ていて、
スカートにハイヒール姿で、ブリザードの中を歩いているのだ。
だってね、お友達から
「こちらは一ヶ月も春のような気候が続いていますから
普通のジャケットで大丈夫ですよ。スノーシューズ?いりません、いりません」
と言われたのだ。
たしかに着いた当日はそうだった。
すぐ近くにそびえる雪山を眺めつつ
晴天の下、山のカフェで
さわやかにロゼワインなどを楽しんでいたのだ。
が。
翌朝、元気にホテルのカーテンを開けてみると
一寸先も見えないほどの雪、舞い狂う銀世界。
ブリザード♪ブリザード♪(悲しい調子で)
「友達のうそつき・・・」
そのあと、さっさとお山を下りて
ジュネーブへ行って
ケンピンスキーホテルのダイニングでステーキを食べようと思ったら
「レストラン」という単語が通じない。
代わりに「レストルーム」に3度も案内されてしまった。
英語が話せるはずだったのだが錯覚だったようだ。
レストランへ行くまでも辛かった。
ジュネーブに雪は滅多に降らないが
風が吹くと冬のシカゴと同じくらい寒い。
その日は強風で、体重の軽い娘と私(ちょっとうそ)は
風に吹かれまくって
車道に押し出され
あやうく車にひかれそうにもなった。
英語は通じないし
風は強いし
寒いし
タクシーないしで、
怒りまくる私の横で、娘、強冷風の中笑いっぱなし。

なにがおもしろいんだ?
「あー、ママとジュネーブまた来たいよー」
と一晩中笑っていた。
子供って不思議なことがおかしいのよねえ。
でもまあ、楽しいなら良かった。
でも、もうしばらく来ないわよ。
今度、スイスに来る必要があるときは
チューリッヒから入るわよ。

ここ、なかなか更新できないけれど
私は元気に暮らしています。
みなさんもお元気ですか?
元気でハッピーでいてくださいね。
人生いろいろあっても
絶対に大丈夫だから。
それが私たちの合い言葉だものね。


No.260 / 日記 / Comment*1 / TB*0 // PageTop▲

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