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2006.11.28  感謝祭の肉リポート <<10:33


12キロのお肉です

写真が届いたので、お披露目します。
これが感謝祭に食べたお肉の調理前。肉をもっているのは、メリー。
あまりに大きいので、料理もふたりがかり。こんな感じ。
料理をする男たち

料理をしているのはダーリン(初お披露目かしらん)と親友のケビン。ケビンは若い頃のミッキー・ロークに似ていてとてもハンサムなのだ。ふたりともそれはそれは真剣に料理をしていた。で、できあがりはこんな感じ。
巨大ステーキ

大きさは厚みが3センチほどで、大きさは手のひら二つ分くらい。
このほかにマッシュポテト、グリルした野菜の付け合せ、リゾット、サラダがあり、さらにデザートとして、ホームメイドのアップルパイ、ピーカンパイ、チーズケーキ。
食べ終わったあとは、動けないくらいでした。

よく考えみると、アメリカ人の友達たちは、全員私の2倍ほど体重がある。その人たちに混じって、同じくらい食べてしまうってスゴイことだよなあとわれながら感心する。
おかげで、もってきた服はどれも入りません。
来年はウエストがゴムの服を用意しよう。


No.117 / 日記 / Comment*1 / TB*0 // PageTop▲

2006.11.25  ヘンだわ <<02:11


NYで日記を書いたつもりだったのに消えていた・・・・。


シアトルでダーリンに会い、
クレ・エルムというシアトルの郊外の山奥でロマンチックな週末を過ごしたあと、NYへ。
なぜNYへ行ったのかというと、
「本当にキミは職をもっているのか?」と何度もダーリンに聞かれるので、ときどき働いているフリをしなくてはいけないからだ。
(いや、本当に仕事だったんだけど)

これまでも働いているフリをするために、電話ですむはずの打ち合わせにわざわざ出かけたり、
編集者とご飯を食べるときには「ビジネスディナーがあるから」
といいわけしたり。

本当に働いているのに、なぜフリをしなければならないのだろう?

と日々不思議に思うのだけれど。
だってさあ、アタシはふたりの子供を養っているんだよ、
仕事をしていないはずがないじゃないの
と言っても
「遺産かなんかで食べているんじゃないの?」
と言われるもんなあ。

NYでなんの仕事をしたのかと聞かれて
「今流行のレストランとスパに行った」(記事を書くためである)
と答えたら、
「本当に本当にそれは仕事なのか?」
とまだ疑われている。
あんまり疑われるので自分でも自信がなくなってきたほどだ。

仕事を終えて今日は感謝祭のディナーのために
サンディエゴにいる。
愛するケビンとメリーの家で、懐かしい知り合いたちと
巨大な肉の塊を食べるために。
ケビンがこれから焼こうとしている肉は、
12キロある。それを8人で食べる予定である。
さ、食前の運動に行ってこないと。













No.115 / 日記 / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2006.11.16  ある日の夕方の話 <<04:32


ときどき思い出すのは、娘が4歳だったある日の夕方の話。

幼稚園から帰ってきた娘は、室内に置いてあったカラフルな紙製のジャングルジムに座ってヤクルトを飲んでいた。
そして、夢見るようにこう言った。

「ママ、夕方っていいね。お日様の光がきれいで、
 ママがいて、いい匂いがして、ヤクルトがあって」

料理を作っていた私は、幸せそうな娘を見て、
(どうぞ、神様。この子がずっとずっと人生をこんな風に楽しめますように)と祈った。

絶対に忘れてはいけないのは、子供が元気ならほかのことはどうでもいいってこと。(私にとってね)
しょっちゅう、それを忘れて落ち込んだり、怒ったりするけれど。
本当に小さなことだもの。子供の無事に比べれば。

父親不在の環境については、もう問題とは思わない。
なにがあっても私は絶対にどうにかするだろうし、
私の愛情は大変パワフルだから。
子供たちが小さい頃は、仕事に追われて息をつく間もなかったから
ふたりにとっては
「全然家にいなかったママ」
になってしまったけれど、彼らは知らないのだ。
私の愛情がいつも彼らの周囲を強力なバリアーで覆って
守っていることを。

ときどき子供たちの夢を見る。
昨日は娘がいなくなるという怖い夢を見て、飛び起きた。
そして、改めて神様にお願いした。
「あの子たちが元気なら、ほかのことに関しては文句を言いません。
 どうぞ、あの子達をお守りください」
と。

親にとって子供ってすごい存在だねえ。
彼らのおかげで私は仕事をする才能を育てることができ、
忍耐を学び、ずっと良い人になった。
途中経過は大変だったけれど、結果オーライだ。

今日は、これからダーリンに会うためにシアトルへ。
昨日はイギリスにいたはずなのだが・・・。
相変わらず神出鬼没な男である。




No.114 / 日記 / Comment*1 / TB*0 // PageTop▲

2006.11.14  私の身体に流れているのはワイン <<15:31


先週の土曜日、11月11日は大好きな従兄弟、
ハリー(アメリカ人)の50才の誕生会に出席。
場所は、ナパバレーのイタリアンレストラン『Travigne』
朝の4時半まで騒いだあと、翌日午前中からワイナリー巡りへ。
4つのワイナリーをはしごして、
もって帰ることができるかわからないのにワインを10本購入。
なんせ長い滞在になるので、山用の洋服からNY用のドレスまで
すでにスーツケースはいっぱいなのだ。
飛行機に液体はもちこめないし。

しかし、私には判断力がなかったのだ。
朝の4時半まで飲んでいたあと、
翌日朝の10時からワインティスティングだもの。
ワインティスティング用のメニューは、ひとつのワイナリーで約5種類。
コッポラファミリーのワイナリーのように見学とティスティングに25ドルもぼったくるワイナリーもあれば、
フランクファミリーのように無料でティスティングができるところもある。
普通は7ドルくらいで、ワインを買えば無料になるというところが多い。

料金にかかわらず5種類のワインを真剣に味見していくと
3軒目くらいにはクラクラしてくる。
たとえ、一口飲んで、残りを捨てても、である。
お作法によれば、飲まずに口の中でぐるぐる回してから
ペッと吐き出さなければならないのだが
だれもそんなことしていないし。
みんな陽気に酔っ払うのを楽しんでいるし。
最後に訪れたフランクファミリーでは、「おいしいー!」
と連発していた私たちに気をよくしたスタッフが
年代モノのワインも特別に味見させてくれたりして、
楽しかったけれど、実はもう味どころではないのであった。
ちなみに、フランクファミリーは赤いシャンベンで有名なワイナリー。ロマンチックな赤いシャンペンは私のお気に入りなのだが、
今回はパス。
カベルネ・ソービニヨンを中心に重めの赤中心に購入。

一番気に入ったのは、FRANK FAMILY の ジンファンデルと
Calistoga Cellars の シャルドネ。
今年の私はあまりシャルドネが好きではなかったのだけれど
カリストガのシャルドネはシャルドネらしくなくておいしかった。
まろやかでスパイシー。
ほら、普通のシャルドネって酸っぱいじゃないの。
(ワインファンのみなさま、ごめんあそばせ。酸っぱいなんて表現
 言語道断かしら。ほほほ)
で、最後にDEAN&DELUCAに寄って、おいしいサラミと
チーズとフォラグラのパテを買って、おうちで2回目の誕生会。

そんな土日があけて今日。
だれからともなく「昨日買ったワインが正しかったか
味見をしないでいいのだろうか?」と言い出し、
「そら、そうだよね。心配だよね」なんてだれかが答え、
またワインをあけた。

明日は、さる企業の社長にフレンチレストランに招待されている。
サンフランシスコで一番カッコイイレストランなのだそうだ。
もうご馳走もワインもいらないのだけれど(食べ疲れと飲み疲れで
疲労困憊。できればおうちでサラダと水だけで過ごしたい)
なのに断っちゃダメ、とみんなが言うから、仕方なく行くのだ。
(人のせいにしているけど)
しかし・・・、私の身体にはすでに轟々と音をたてながら大量のワインが
流れている。
さらに注ぎ足していいのだろうか? 高血圧にならないだろうか?

身体の中にワインが流れるというのは、エロチックな感じかなあと
思っていたけれど、
どちらかというと二日酔いに近い。つうか二日酔いそのものだね。

一方、お世話になっているゲイカップルは今夜
バーブラ・ストライザンドのコンサートへ。
「なんで、いまさらバーブラ?」と聞いたら
「ゲイは、バーブラ・ストライザンドとジュリー・ガーランドが
好きなんだよ」
「なんで?」
「なんでかわかんない。でも僕たちも好きなの」
といって出かけていった。ま、好きに理屈はないよね。
彼らののおかげでいろいろな知識を蓄積中。
ゲイのことなら、私に聞いてよ、といえるくらい
知識が深まった。
とてもここに書けるような内容ではないのが残念である。








No.113 / 日記 / Comment*1 / TB*0 // PageTop▲

2006.11.11  サンフランシスコにて <<02:02


日本を9日の午後7時に出発。
サンフランシスコにその日の午前11時到着というシュールな日程の
旅をして、タイムトラベラーの気持ちを楽しんだ。
ただいまの宿泊先はリッチなゲイカップルのおうち。
ボブは高名な皮膚科のお医者さまで
トムはミスター・コンピュータと呼ばれるシステムエンジニア。
ボブには「シミ取り」の相談をし、
トムにコンピュータの不具合を直してもらい、
大変便利。
ふたりとも料理が上手で、ハンサムなので
「ゲイじゃなかったら・・・」
と何度も思う。
うーん、惜しい。

こっちに来る飛行機の中で噂の映画
「プラダを着た悪魔」
を見る。ぬるいエンディングは気に入らなかったけれど、
おしゃれで楽しかった。
アメリカに長く滞在しているとアメリカンカジュアルな人になりがちなので気をつけましょう、と心に誓う。

シャネル、いつか着てみたい・・・。







No.112 / 日記 / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2006.11.09  子供の名字について 追伸 <<05:25


Kさま

小説すばるに連載中の月刊バツイチを最初から読み直していたら
子供の名字に悩んでいた頃の話を書いていた。
当時は、クラスで離婚家庭は我が家だけという珍しさだったので
いろいろ言われて息子は一時期かわいそうな目にあった。
私は息子に「我が家の名字はとても歴史のある立派な名字で、
あなたはその37代目なのだから誇りに思いなさい」
と何度も言った。
離婚のこともきちんと話して「よくあることではないけれど、別に悪いことをしたわけではない。パパもママもあなたを心から愛しているから
大丈夫」と何度も言ったよ。

なにをやっても今は辛い時なんだよ。
ぐずぐず言ってもいいし、甘えてくれてもいいし。
3か月以内に考えて、不都合があったら、変える、でいいじゃない。

リラックス、リラックス。
子供の籍はどこに入っているの?
親権があなたにあるなら、子供の名字はあなたの都合でそうなっているだけだから、もはや誰にもなにも言われることはないのよ。

今日はおいしいものでも食べて、元気を出そう。

さて、みなさま。
ワタクシ、今日からアメリカに行って参ります。
帰国日は不明ですが、今月中には帰る予定です。



No.111 / 日記 / Comment*1 / TB*0 // PageTop▲

2006.11.08  違う人になっていくわたし <<20:48


最近、自分がどんどん変わっていくのを遠目に眺めている。

昔は、心の中に森田健作がいて、「正しいことは正しい。悪いことは悪い」と爽やかに高らかに宣言していたのだけれど、
健作、すっかり心からいなくなりました。

だれかとふたりで幸せになる方法を模索していくうちに、
違う道を見つけたような。

それをここで書くことは控えて、
作品として発表しようと考慮中。

はっきりとかけないのはもどかしいのだけれど
まだ自分の中で成熟させている最中なのだ。
なのでちょっと待っててね。

友達に「自分じゃない人になってもいいほど、彼のことが好きなの?」
と聞かれて
「ああ、そうなんだ。私は彼のことがそれほど好きなんだ」
と思ったときの幸福感。
あと10年間は、このまま好きでいたいなあ。
好きでいさせてくれ。

だいたい、オリジナルの自分がそれほど立派な人じゃないので
変わるのはいいことだし。
変わりたいと思い続けて40ウン年。
ようやく転機。



No.110 / 日記 / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2006.11.07  子供の名字について <<08:01


離婚後の子供の名字についてのコメントにここでレスします。
返事が遅れてごめんね。

子供の名字と自分の名字をどうするかは、自分がどうしたいかで決めればいいと思う。
私がどうしたかは「リコン日記。」に書いたので、チェックしてみてね。
私も、いろいろなことを言われて参ってしまいそうになったこともあったけれど、私はとにかく元夫の名字を名乗り続けるのが絶対にイヤだったの。で、私と一緒に生きる子供も一蓮托生で、私の名字になったわけ。あのときも今もそれでよかったと思っている。
離婚ていろいろといやなことがあるけれど、名字って最後の合併症みたいなもんだよね。でも、それも治るから。

離婚した知り合いの中には、子供のために夫の名字のままでいたり
名字を変えたときに子供を転校させたりした人もいる。
それぞれ精一杯考えてやったことだし、どういう道をとった人も
1年も経てば、名字のことなんかで悩みなんてなさそうだったから、
「どうやってもいい」ということではないかなあ。
ただ一緒に住む親と子供の名字が違うのは、面倒臭いことが多いかもね。保険証とか、法律上の書類に、いつも違う名字が載るから
人の好奇心をそそることもあるだろうし。でも、それでいいなら、それでいいし。保険証や法律上の書類なんか、普通の人は見ないでしょ。

名字変更のために家庭裁判所に行ったときに、子供が成人してから
名字を変更に来ている人がいっぱいいたよ。離婚してときは
それまでの姓を名乗って、子供が成人したあとで、話し合って
名字を変えるということにしたんだろうね。

私の家は、男の子がいなかったので、子供たちが旧姓になったときは
私の親がお赤飯を炊くくらいの勢いで喜んでいたので、
凱旋帰国みたいな感じだった。亡くなった父が「やっと息子ができた(孫だけど)」ってうれしそうで、なんだか良いことをしたような気になった。

まだKさんは、離婚したことで子供に申し訳ないと思っているのだと思うけれど、
自分で決断したことにしたがって、
堂々と明るく生きていくお母さんの姿を見せるほうが
なにより大切だと思う。
どういう理由であれ、「私はこう思うから、こうする」と堂々と断言すると、子供って「へえ、そうなんだあ」と思うものだよ。
お母さんは、子供にとって太陽なんだもん。

これに関しては、どう返事をすればいいのかいろいろ考えていたの。
けれど、
1 親権者と子供が違う姓だと面倒くさいこともある
2 けれど、自分が正しいことをすればどんな名字もありなので、よく考えて決断したあとは、悩まない。

ということでお返事とします。
私もいやな思いをしたけれど、半年も続かなかったよ。
人もうわさなんて、そんなもんだよ。

ついでに。
仕事を旧姓で続けている人(新しい名前を誰も知らない)
結婚式をあげても籍を入れていない人(誰もが入籍したと思ったまま
15年経っている)
なんて人も何人か周りにいるけれど、周囲の人はだれも気がつかないって言っているから
名前なんて「自分で名乗った名前をだれもが信じる」
ものなのかもね。

さて、この返事が役に立ちますように!










No.109 / 日記 / Comment*1 / TB*0 // PageTop▲

2006.11.02  正しいこと。 <<17:29


今日は真由美ちゃんに会って、
フカヒレたっぷりのランチをご馳走になった。

真由美ちゃんの話を聞いていると、
「正しいこと、悪いこと」に関する考えがぐらぐら揺れる。
なぜなら、真由美ちゃんの話は、道徳的にはともあれ
現実的にとても正しいことが多いから。

そんな風に考えられるようになりたいなあ。
そしたら、もっとマシなものが書けるようになるかなあ。

とにかく、真由美ちゃんは大人で
私は子供みたいな気がするのだ。いつも。


No.108 / 日記 / Comment*3 / TB*0 // PageTop▲

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